タイ進出を検討中の食品メーカーや飲食チェーン関係者は、現在タイで空前の「抹茶ブーム」が起きていることをご存知の事でしょう。バンコクの街角には抹茶専門カフェが次々とオープンし、ドリンクからスイーツまで幅広い層に愛されています。「今からタイで抹茶ビジネスを始めて勝算はあるのか」と疑問に思う方も多いかもしれません。本記事では、最新の市場データや現地消費者のインサイトを紐解き、タイ市場進出の可能性と成功の鍵を解説します。
もくじ
データが示すタイ抹茶市場の急成長と「本格化」
現在タイのカフェや小売店において、抹茶(Matcha)は単なるフレーバーの一つではなく、独立した人気カテゴリーとして確立されています。現地の市場データによると、タイの緑茶・抹茶関連の輸入額や消費量は右肩上がりで推移しています。従来は甘く味付けされた緑茶飲料が主流でしたが、近年は目の前で茶筅を使って本格的な抹茶を点てる専門店が急増しており、消費者の味覚がより「本格派」へとシフトしていることがデータからも読み取れます。
単なるフレーバーから主役へ!拡大するタイの抹茶市場
タイにおける抹茶は、かつてはアイスやベーカリーの「数あるフレーバーの一つ」に過ぎませんでした。チョコレートやバニラ、イチゴといった定番フレーバーの脇役に甘んじていた時代が長く続いたのです。しかし、近年のタイ市場において抹茶はその立ち位置を劇的に変化させ、今やメニューの「主役」として君臨しています。
タイ政府の貿易統計や日本の農林水産省・ジェトロ(日本貿易振興機構)の輸出データを見ても、日本からタイへの緑茶(主に粉末抹茶)の輸出額および輸出量は過去数年にわたり右肩上がりの持続的な成長を記録しています。これはタイ国内における抹茶の消費ベースが急拡大していることの何よりの証左です。
この背景には、タイ国内におけるカフェ文化の成熟があります。バンコクを中心とする都市部では、単にコーヒーを提供する空間から、独自のコンセプトや特定の原材料に特化した「専門カフェ」へとトレンドが移行しています。その中で抹茶は、コーヒーに代わる「プレミアムな選択肢」として若年層やビジネスパーソンから選ばれるようになりました。現在では、抹茶ラテや抹茶アフォガート、抹茶を取り入れた創作モクテルなど、多種多様な主役級メニューが展開されており、市場の総容量は今なお拡大を続けています。
甘い緑茶飲料から「本格的に点てる抹茶」へのシフト
タイの茶市場における最大の歴史的転換は、消費者が求める「クオリティの劇的な高度化」にあります。かつて、タイで「緑茶(Green Tea)」といえば、ペットボトルに入った極めて甘い清涼飲料水が主流でした。大手ローカル飲料メーカーが砂糖や蜂蜜、フルーツフレーバーを大量に添加した緑茶を販売し、それが国民的な人気を博していたのです。タイ人にとってお茶とは「甘くて冷たい喉を潤すジュース」と同義であり、日本人が好む無糖の渋みや旨味は、長らく受け入れられにくいとされてきました。
しかし、2020年代半ばを迎えた現在のタイ、特に高感度な消費者が集まるバンコクでは、この常識が完全に覆されています。消費者のリテラシーは飛躍的に向上し、砂糖でカモフラージュされた緑茶飲料から、目の前で「茶筅(ちゃせん)」を用いて丁寧に点てられる本格的な抹茶へと需要がシフトしています。
現在の人気専門店では、注文が入るたびにティーテンダー(お茶を淹れるスタッフ)が茶釜から適切な温度の湯を汲み、厳選された抹茶パウダーを計量して茶筅で点てる一連の所作がカウンター越しに披露されます。消費者は、単にお茶を飲むだけでなく、日本の茶道に由来する伝統的なプロセスそのものを「プレミアムな体験価値」として享受しています。このように、無糖(No Sugar)や微糖(Low Sugar)で抹茶本来の「旨味(Umami)」や「適度な渋み(Astringency)」をストレートに味わうスタイルが定着したことは、タイの抹茶市場が完全に成熟期・本格期に入ったことを明確に示しています。
コンビニスイーツから高級カフェまで広がる裾野
現在のタイにおける抹茶ビジネスの強みは、その需要の裾野が一部の熱狂的な愛好家だけでなく、大衆層から富裕層まで極めて幅広く、かつ重層的に広がっている点にあります。市場は現在、大きく分けて「マス市場(大衆向け)」と「プレミアム市場(高級路線)」の二極化、そしてその中間を埋めるミドル市場が綺麗に形成されています。
まずマス市場においては、タイ国内で絶大なインフラを持つ「セブン-イレブン(7-Eleven)」や「ローソン108」といったコンビニ、あるいはドラッグストアやスーパーマーケットの棚が活況を呈しています。そこでは、手軽に買える抹茶ロールケーキ、抹茶プリン、抹茶風味のクッキー、安価なチルド抹茶ラテなどが日常的に消費されています。これにより、若い学生や一般の会社員にとって、抹茶は毎日でも口にできる身近なおやつとしての地位を確立しました。
その一方で、バンコクのスクンビット通り、トンロー、エカマイ、あるいは新開発の超高級複合施設「デュシット・セントラル・パーク」や「ワン・バンコク」といったエリアでは、一杯200バーツから400バーツ(約800円〜1,600円)を超えるプレミアムな抹茶バーや専門店が連日行列を作っています。ここでは、単一農園で栽培されたシングルオリジンの抹茶や特定の品種(さみどり、おくみどり、やぶきた等)を指定して注文できるシステムが導入されています。
このように、コンビニで20バーツの抹茶アイスを買う若者から高級専門店で300バーツのシングルオリジン抹茶を嗜む高所得層まで、全方位的に需要の受け皿が存在することが、タイ抹茶市場の底堅い成長を支える最大のエンジンとなっています。
バンコクの若年層を魅了する「日本=高品質」のブランド力

この抹茶人気を強く後押ししているのが、バンコクの若年層や中間層が抱く「日本=高品質」という揺るぎないブランドイメージです。健康志向の高まりとともに、抹茶の持つ抗酸化作用などの機能性も注目されています。さらに、洗練された和のデザイン空間や、茶筅で抹茶を点てる丁寧な所作は「SNS映え」するプレミアムな体験として若者の心を掴んでいます。単なる飲み物としてではなく、日本の洗練された文化体験として抹茶が消費されているのです。しかし、その一方で市場の急拡大の影で「偽物の日本産抹茶」も横行しており、対策が必要です。
若年層・中間層の「本物志向」と日本ブランドへの絶対的信頼
タイ人の親日感情は世界的に見ても極めて高く、各種の意識調査でも日本ブランドに対する信頼性は常にトップを維持しています。この「日本に対する絶対的な安心感と信頼感」は、抹茶ビジネスを現地で展開する上で、他国(中国や台湾など)の競合には真似できない最強のアドバンテージとして機能します。
特にバンコクの可処分所得が高い若年層やミドルクラス層は、かつてないほど「本物志向(Authenticity)」を追求しています。彼らにとって、パッケージにひらがなや日本語が書かれているだけのアジア製製品はもはや通用しません。彼らが求めているのは、「本物の日本産(Authentic Japanese Origin)」です。
京都の宇治、静岡、愛知の西尾、福岡の八女といった、日本を代表する高名な茶産地のストーリーや、日本の茶農家が何代にもわたって培ってきた伝統的な栽培・遮光方法(藁や遮光ネットで日光を遮り、茶葉の旨味と甘みを引き出す技術)に強いロマンと価値を感じています。日本の抹茶が持つ深いエメラルドグリーンの色彩や気品ある香りは、タイ人消費者にとって「プレミアムなライフスタイル」の象徴であり、これを所有し、消費すること自体が一種のステータスとなっています。
茶室の雰囲気と茶筅の所作が生み出す「SNS映え」の価値
タイ、特に首都バンコクは世界でもっともソーシャルメディア(Instagram、TikTok、Facebook、Lemon8など)が活発に利用されている都市の一つです。タイの若年層にとって、飲食店やカフェを選ぶ最大の動機は、単に「味が良いこと」にとどまらず、「その空間や体験が、自分のタイムラインを美しく彩ってくれるか(SNS映え:Photogenic)」にあります。
抹茶ビジネスは、このタイ人のビジュアル重視の消費者サイコロジー(消費者心理)と完璧に合致しています。 成功しているバンコクの抹茶専門店の多くは、インテリアデザインに日本の「和モダン」や「禅(Zen)」、そして不完全な美を愛でる「侘び寂び(Wabi-Sabi)」の精神を大胆に取り入れています。無機質なコンクリートに温かみのある木材を配したミニマリズム空間や、日本庭園を模した砂利と苔の景観、和紙を通した柔らかな光の演出などは、それ自体が強力なフォトスポットとなります。
さらに、ティーテンダーが静かな所作で茶筅を振り、抹茶が滑らかに泡立っていく様子、それを白や透明の美しいグラスに注ぎ、冷たいミルクと鮮やかな緑色のグラデーションが混ざり合う瞬間は、TikTokやInstagramの「縦型短尺動画」のキラーコンテンツとして瞬時に拡散されます。消費者は自ら進んでこれらの映像をSNSに投稿し、それが新たな顧客を呼び込むという、極めて効率的で低コストなバイラルループが自然発生しています。
ヘルシートレンドを牽引する抹茶の機能性とプレミアム感
2026年現在のタイ都市部において、健康と美容に対する関心(ウェルビーイング / ホリスティック・ウェルネス)は、一過性のブームを超えて完全に定着したライフスタイルとなっています。特にバンコクの中間層・富裕層の間では、糖分の過剰摂取を避け、体に良いオーガニックなものを取り入れようとする消費行動が極めて鮮明です。
抹茶は、このローカルのヘルシートレンドを牽引するフロントランナーとして高く評価されています。コーヒーに含まれるカフェインが急激な覚醒と疲労感(カフェインクラッシュ)をもたらすのに対し、抹茶に含まれるアミノ酸の一種「L-テアニン」は、穏やかなリラックス効果と持続的な集中力(ゾーン状態)をもたらすことが、現地メディアやインフルエンサーによって広く解説されています。また、高濃度のカテキンやポリフェノールが持つ強力な抗酸化作用、アンチエイジング効果、新陳代謝の促進、美肌効果などは、美容意識が極めて高いタイの女性層から絶大な支持を得ています。
この健康志向の波を受け、2026年のプレミアム抹茶市場では、牛乳の代わりにオーツミルク(Oat Milk)やアーモンドミルク(Almond Milk)を使用した、植物性(プラントベース)、かつクリーンラベルな「ヴィーガン抹茶ラテ」がスタンダードメニューとなっています。砂糖の代わりに天然の羅漢果(ラカンカ)やステビア、ココナッツネクターを用いた微糖アレンジなども展開されており、抹茶が持つ「健康的で罪悪感のない贅沢(Guilt-free Indulgence)」というイメージが、そのプレミアムな価格設定を強力に正当化しています。
市場急拡大の影で横行する「偽日本産抹茶」の実態と対策
しかし、このように抹茶市場が急拡大し、高い利益率が見込めるようになると、それに便乗した「不健全な商行為」が横行するようになるのが市場の常です。現在、タイ国内においては「日本産を謳った偽物」や「低品質な偽装抹茶」が市場に大量に流入しており、業界の深刻な懸念材料となっています。
具体的には、日本以外の国で安価に大量生産された低級な緑茶粉末を、パッケージに「宇治抹茶(Uji Matcha)」や「日本直輸入(Imported from Japan)」と虚偽の記載をして、本来の価格よりも遥かに高値で販売する事例が多数報告されています。これらの偽装抹茶の多くは、日光を遮る「被覆栽培(かぶせ茶)」の工程を経ていない単なる煎茶の粉末であり、本物の抹茶のような鮮やかなエメラルドグリーンではなく、くすんだ黄色がかった緑色をしています。また、旨味が乏しく、非常に強い「苦味」や「エグみ」があり、人工的な着色料や香料を添加して本物に見せかけている悪質なケースもあります。
この偽物問題に対し、タイに進出する正規の日本企業や食品メーカーが取るべき対策は、徹底した「トレーサビリティの可視化」と「教育的アプローチ」です。
- 地理的表示(GI:Geographical Indication)や各種認証の提示: 京都府茶協同組合などが発行する、本物の宇治抹茶であることの産地証明書や、日本農林規格(JAS)の有機(オーガニック)認証を店舗やWebサイト、パッケージ上で明示します。
- QRコードを用いたサプライチェーンの可視化: パッケージのQRコードをスマホで読み取ると、日本のどの県の、どの茶農家が栽培し、どのように加工・輸出されたのかが写真や動画付きでリアルタイムで確認できるシステムを導入します。これにより、消費者は「本物を買っている」という絶対的な安心感を得ることができます。
- テイスティングや教育ワークショップの開催: 店頭で本物の抹茶と、安価な煎茶粉末(偽物)を飲み比べるブラインドテスト形式のイベントや、茶筅を使った淹れ方教室を定期的に開催します。タイの消費者に「本物の味と色、香りの違い」を正しく理解させることで、偽物を自然淘汰させ、自社のプレミアムな価値をより確固たるものにすることが可能です。
タイ市場進出の鍵は「現地のトレンド把握」と「ローカライズ」

抹茶ビジネスのポテンシャルが高い一方で、タイ市場は既に多くの現地・日系競合がひしめく激戦区です。成功するには「本物の日本の味」を提供するだけでなく、タイ人が好む甘さや現地のカフェトレンドを正確に把握するローカライズが不可欠です。事前の市場調査や、SNSを駆使した効果的な広告マーケティングが明暗を分けます。弊社ではバンコク支社と共に輸出前の市場調査から、抹茶加工品のFDA取得サポート、輸出後のデジタルプロモーションまでをトータルでご支援いたします。(※実際の輸出通関手続き等は専門の通関業者へ委託のうえ、現地での関税等の諸手続きに沿って進めます)
激戦区のタイ市場でローカル・他国競合から抜け出す方法
現在のバンコクは、世界でもっともカフェの競争が激しい都市の一つであり、それは抹茶専門カフェにおいても例外ではありません。現地資本の「MTCH」や、洞窟をイメージした洗練された近未来デザインで爆発的な人気を博す「Ksana(サナ)」、長年多店舗展開で大衆層の支持を固めてきた「Fuku Matcha」、そして老舗の日本ブランドなど、数多くのライバルがしのぎを削っています。
この激戦区で、後発の日本企業が競合から抜け出し、独自の確固たるポジション(堀:Moat)を構築するためには、単なる「抹茶を提供しています」というアピールだけでは不十分です。競合との差別化を図るためのいくつかの戦略的アプローチを挙げます。
- 「極端な専門化(ウルトラ・スペシャリズム)」: 例えば、単なる抹茶だけでなく、「煎茶(Sencha)」「ほうじ茶(Hojicha)」「玄米茶(Genmaicha)」のすべての粉末を取り揃え、それぞれの「焙煎温度(ローストレベル)」の違いによる味のグラデーションを緻密に提案するティースタンドなど、他社が真似できない領域まで専門性を深化させます。
- 「日本の地方文化との強固な結合(ストーリーテリング)」: 「宇治」という大まかなカテゴリーではなく、「福岡・八女の星野村産の伝統本玉露の抹茶」など、特定の地域の歴史や、そのお茶を作るこだわり、茶農家の顔を前面に押し出したブランディングを行います。これにより、消費者は製品ではなく「日本の地域文化と職人魂」を消費することになります。
- 「他カテゴリーとのハイブリッド・コラボレーション」: 現地の有名パティスリーや、タイの高級ホテル、ファッションブランドと期間限定のコラボレーション(抹茶ハイアフタヌーンティーや、限定抹茶パッケージアパレルなど)を展開し、ブランドの文化的プレゼンスを劇的に引き上げる戦略です。
「日本の味」の押し付けはNG?タイ人が好む甘さやアレンジの妙
日本から進出する企業がもっとも陥りやすい失敗パターンが、「本物の日本の味(伝統の味)こそが至高であり、これをそのままタイに提供すれば必ず売れる」という、独りよがりな思い込み(プロダクトアウトの発想)です。
もちろん、本物の品質を維持することは極めて重要ですが、それを現地の消費者に「どのように受け入れやすい形でチューニングするか」というローカライズ(マーケットインの発想)のバランスが、ビジネスの存続を決定づけます。
- 甘さ(Sweetness)のグラデーション設計: タイ人は一般的に日本人に比べて、甘みがはっきりと主張する味を好みます。しかし、先述の通り健康志向のトレンドも同時に存在しています。したがって、店舗運営においては、注文時に「甘さのレベル(Sweetness Level)」をカスタマイズできる仕組みが絶対に不可欠です。
- 100%(タイの標準的な甘さ): ローカルの一般消費者がもっとも満足感を得られる、しっかりとした甘さ。
- 50%(微糖:Wan Noi): 健康を意識しつつ、抹茶の渋みと甘みの絶妙なバランスを楽しみたい中間層向け。
- 0%(無糖:No Sugar): 日本の本格的な味をそのまま体験したい、リテラシーの高い愛好家や在留日本人向け。
- タイ特有のアレンジメニューの開発: タイのカフェでは、南国らしいフルーツとコーヒーやお茶を組み合わせる「フルーツ・コールドブリュー」などの創作ドリンクが定着しています。これを抹茶にも応用し、例えば「ココナッツウォーター抹茶(Matcha Coconut Water)」や「ゆず抹茶(Yuzu Matcha Sparkling)」、さらにはタイ産のトロピカルフルーツ(マンゴーやマンゴスチンなど)のエッセンスを加えたシーズナルメニューを展開することで、ローカル消費者の興味のフックを常に新鮮に維持することが可能です。
成功確率を劇的に高める「事前市場調査」と広告マーケティング
タイ市場において抹茶ビジネスを確実な軌道に乗せるためには、進出前の「精緻なデューデリジェンス(事前調査)」から複雑な「行政認可プロセス」、そして「デジタルマーケティング」の実行に至るまで全プロセスにわたるプロフェッショナルな体制の構築が必須です。
1. タイ食品医薬品局(FDA)登録のクリア
抹茶パウダーや、それに関連するシロップ、加工食品をタイ国内へ正式に輸入・販売するためには、タイ保健省食品医薬品局(Thai FDA)への製品登録(Notification / Registration)を完全にパスする必要があります。 タイのFDA規制は近年、成分の透明性や表示義務(タイ語ラベルにおけるフォントサイズ2mm以上の規定など)に関して極めて厳格化されています。 特に「抹茶(お茶の粉末)」は、その加工レベルや残留農薬基準によって、登録カテゴリーが細かく分類されます。自社のみで申請を進める場合、書類の差し戻しや成分確認の調整などを繰り返し、認可取得までに長期の時間を費やしてしまう可能性も少なくありません。現地のFDA実務に精通した専門家をパートナーに迎え、処方設計や表示デザインの段階からコンプライアンス管理を先回りして行うことが、進出スケジュールを大幅に短縮する鍵となります。
2. 2026年最新の「外資規制」と法的ストラクチャーの構築
タイでリアルな実店舗(カフェや小売店)を展開する場合、もっとも重大な法務リスクとなるのが「外国人ビジネス法(FBA)」への適応です。タイでは、飲食業や小売業、サービス業において、原則として外資企業の100%所有権による参入が制限されています(通常はタイ人またはタイ法人の保有比率が51%以上必要です)。
特に注意が必要なのが、2026年4月1日より商務省事業開発局(DBD)が全面施行した「DBD通達 Order No. 1/2569」です。この新規定により、外国人株主が関与する法人の設立や、役員(署名権を持つ代表取締役等)の変更時における「名義貸し(ノミニー契約)」の取り締まりが劇的に厳格化されました。
新ルールでは、タイ人株主に対し「自ら投資した資金の出所証明(source-of-funds:銀行残高証明など)」や、名義貸しを行っていない旨を誓約する「Investment Confirmation Letter」の提出が厳格に義務付けられています。これに違反したり、名義貸しの疑い(外国人がタイ人に資金を融資して形だけの株主にしたとみなされる行為)が検知された場合、法人の設立登記却下、高額な罰金刑、あるいは法人の解散といった致命的な処分を受けることになります。
このため、日本企業が合法的かつ安全にタイ国内に抹茶ビジネスの実店舗や販売チャネルを開設・維持するためには、以下の2つのいずれかの合法的なストラクチャーを構築する必要があります。
- BOI(タイ投資委員会)の認可取得による「外資100%」運営の確保: 自社の事業が、IT技術を融合させたサービス(例えば、Agentic AIを用いたパーソナライズ抹茶提供アプリの開発など)やタイ国内の農業振興に寄与する高度バイオテクノロジー、あるいは「国際ビジネスセンター(IBC)」などのBOI奨励カテゴリーに合致する場合、BOIの申請を行い、外国人ビジネス法の適用除外として「外資100%」での自社所有権を国から合法的に付与してもらうアプローチです。これを得られれば、DBDの名義貸し監査の対象から完全に身を守る「リーガル・シールド(法的な盾)」を保有することができます。
- 真正なジョイントベンチャー(JV)の構築: 単に名義を借りるのではなく、タイ国内の有力な流通パートナーや不動産デベロッパー、あるいは大手飲食チェーンを真の「戦略的株主」として迎え入れ、資金・経営権ともに透明性の高い出資比率を設計し、DBDの審査を完全にパスできる強固なJVを設立します。
3. KOLとTikTok SHOPを駆使した「認知から購入まで」の導線設計
プロモーションフェーズにおいては、タイ人がもっとも好む「インフルエンサー(KOL:Key Opinion Leader)」を活用したデジタル・マーケティングと、SNS上での即時購入を可能にする「ソーシャルコマース」の融合が必須です。
タイの消費者は、企業が一方的に発信する広告よりも、信頼する美容・ライフスタイル系KOLによるレビューや、成分解析インフルエンサーによる「本格的な抹茶の解説動画」を圧倒的に信頼します。彼らを自社のカフェの「オープニングレセプション」や「テイスティングイベント」に招待し、茶筅を点てる美しいビジュアルを各々のプラットフォームで拡散してもらいます。
同時に、2026年現在のタイでもっとも爆発的な購買力を誇るプラットフォームが「TikTok Shop」や「LINE公式アカウント(LINE Shop)」です。KOLが配信するライブコマースの画面から、視聴者がワンタップで「店頭で使える抹茶ドリンクの割引クーポン」や「家庭用抹茶パウダー(認証付き本物)」をシームレスに衝動買いできるデジタル体験(UX)を設計しておくこと。このデジタル動線の完備こそが、激戦のバンコクでスタートダッシュを飾り、持続的なファンをコミュニティ化するための最強のマーケティング武器となります。
まとめ

タイにおける抹茶市場は、かつての「アイスの甘い一フレーバー」という一時的なブームのフェーズを完全に超え、タイ人消費者の成熟したライフスタイルに深く溶け込んだ「定着期・本格期」へと移行しました。
日本の伝統と誠実な技術に裏打ちされた高品質な日本ブランドにとって、現在のタイ市場は、競合が激しい一方で「本物の価値を正しく理解し、高額な対価を喜んで支払う消費者」が十分に育成されている、極めて狙い目の絶好のタイミングと言えます。
しかし、この巨大なチャンスを確実に自社の成果へと結びつけるためには、ただ「良い抹茶を日本から持ってきた」と主張するだけの安易な姿勢(プロダクトアウト)は許されません。タイ人消費者が求める「ビジュアルの美しさ(SNS映え)」や「健康的価値(ヘルシープラントベース)」、そして「現地に寄り添った甘さのアレンジ」といった巧みなローカライズ戦略が求められます。さらに、2026年4月に施行された「DBD Order No. 1/2569」が示す通り、現地での合法的なJV設立やBOI特典の活用、複雑なFDA(タイ食品医薬品承認)認可のクリアといった、厳格かつ隙のないリーガル・コンプライアンス管理を現地の法務・行政専門家と共にクリアすることが、ビジネスの永続的な生存を約束する大前提となります。
